03 May 2015

京都 : 延暦寺 西塔 〜 横川 〜 東塔

比叡山小旅行の後半、広大な延暦寺境内の見物。前編の『京都 : 叡山ケーブル 〜 雲母坂 〜 延暦寺西塔』からの続き。

比叡山延暦寺。Wikipediaによれば『平安時代初期の僧・最澄(767年 - 822年)により開かれた天台宗の本山寺院。高野山金剛峯寺とならんで平安仏教の中心であった。天台法華の教えのほか、密教、禅(止観)、念仏も行なわれ仏教の総合大学』であったとする。安土桃山時代、『元亀2年(1571年)、延暦寺の僧兵4千人が強大な武力と権力を持つ僧による仏教政治腐敗で戦国統一の障害になるとみた信長は、延暦寺に武装解除するよう再三通達をし、これを断固拒否されたのを受けて9月12日、延暦寺を取り囲み焼き討ちした』 とあるように、全ての建物が灰燼に帰したため、現在見られる伽藍などはほぼ全て16世紀(戦国時代〜江戸時代)以降に建てられたものだそうだ。

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拝観券購入時にもらえる地図

延暦寺 : 西塔地域

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山王院から浄土院に続く階段

山王院から、京都一周トレイルにもなっている延暦寺境内の階段をひたすら降りる。先ほどまで歩いてきた雲母坂(きららざか)のハイキングコースと同じく、観光客はほとんど見かけない。マイカーで来た客は、駐車場から遠くまで歩くということはしないのだろう。

直線距離にして200m、垂直に80m近く降りる急な坂道の突き当りに浄土院の屋根が見えてくる。入口の門を入ると、最澄の墓所とされる建物と、枯山水の石庭が広がっている。


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浄土院

敷地の入口にある看板曰く 『ここは比叡山の開祖、伝教大師最澄上人のご廟所で、比叡山中で最も正常な聖域です。 …中略… 大師のご以外を祀り、以来ご廟を守る僧侶を侍真といい、一生山を下りない覚悟で昼夜を分かたず、厳しい戒律のもとに心身を清浄にして、生身の大師に仕えるように、今も霊前のご給仕に明け暮れています。 …中略… 侍真は、早暁より薄暮まで勤行と掃除勉学修行に励んで、十二年間山を降りない籠山修行の内規に則って、生活しています』

「一生山を下りない覚悟」 = 「12年間山を降りない」 ということで許してもらえるようですが、重い病気になったらどうするのでしょうか…。

浄土院を出て、なだらかな下り道を400mほど行くと西塔地域の拝観券売り場がある。京阪の1日券を示せば、100円割引の600円で拝観券を買うことができる。『前編』で『東海自然歩道を通過すると申告すれば無料』という悪知恵があると気づいたが、登山用のユニフォームを着ていないので、そんな怪しい御託を並べるのも憚られる。


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法華堂

拝観券売り場の目の前に、似た形の朱色の建物が2棟(常行堂と法華堂)、渡り廊下で結合されて建てられている。この渡り廊下の下をくぐると、西塔地域の中心施設である釈迦堂に至る階段がある。

立て看板曰く 『法華堂は、桁行五間、梁間五間、一重、宝形造、栩葺の建物で、正面に一間の向拝をつけています。隣の常行堂も同形式で、桁行四間、梁間一間、唐破風造の廊下で結ばれていることから、廊下を「にない棒」に見立てて、両堂を「にない堂」と呼んでいます』。 延暦寺のホームページでは『弁慶が両堂をつなぐ廊下に肩を入れて担ったとの言い伝え』があるとも書かれています。


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にない堂から釈迦堂に降りる石段

「にない棒」の中央を通り抜けて、長い石段を降りると西塔地域の本堂である釈迦堂がある。


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釈迦堂

傍らの看板曰く 『延暦寺に現存する最古のお堂で、元は大津の園城寺(三井寺)の金堂であったものを豊臣秀吉の命により、文禄4年(1596)に山上に移築したもので、造営年代は園城寺の記録から南北朝の貞和三年(1347)と認められます』と。


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若山牧水句碑

 比叡山の
   古りぬる寺の
     木がくれの
  庭の筧を
    聞きつつ眠る

1918年に牧水が比叡山に逗留した時に表した短編小説「比叡山」(→ 青空文庫 全文へ)と同時期に詠んだのだろうか。

当時はまだケーブルカーの開通前で、滋賀県の坂本から延々と坂道を登ってきた経過を、牧水は『私は重い原稿を提げて登つて來たのであつた。京都から大津へ、大津から汽船で琵琶湖を横切つて坂本へ、坂本から案外に嶮しい坂に驚きながらも久しぶりにさうした山の中に寢起きする事を樂しみながら、漸く斯うして辿り着いて來た』のように表現している。この小説によれば、当時は寺に泊めてもらうことが出来たようだ。なんとも風情のあることだ。

横川地域に向かう比叡山シャトルバスに乗るため、駐車場に向かう。所々の、満開の山桜が綺麗だ。


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満開の山桜

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「奥比叡の山桜」の看板も

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11時10分、京阪バスが運行するシャトルバスに乗り、延暦寺の最北端に位置する横川地域へ。所要時間はたったの10分(4.3km)なのに運賃は580円と、やけに高い。今日は連休なので全ての席に着席するくらいの客が乗っているが、普段はガラガラで運行しているので値段を上げているのだろう。

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京阪バス 比叡山内シャトルバス (横川バス停)

延暦寺 : 横川地域

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横川中堂

1971年に再建され、朱色が美しい本堂である横川中堂は、紅葉の名所だ。お堂の前には『写経信仰発祥の地』の巨大な立て看板がある。


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横川地域の境内

杉林の中の道には、西国三十三所の観音石仏が置かれていて、石仏めぐりもできるとされている。


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西国三十三所の観音石仏のひとつ、「第二番 紀三井寺」


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四季講堂

門前には「おみくじ発祥の地」という石碑もある。発祥の地、多いなぁ…。 比叡山のホームページでは 『慈恵大師(良源)(元三大師)の住居跡と伝えられる元三大師堂 … 中略 … 現代のおみくじの形は、元三慈恵大師良源が考え出したと言われており、この元三大師堂はおみくじ発祥の地』 と書かれている。


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恵心院

傍らの看板曰く 『恵心僧都の旧跡で、藤原兼家が元三慈恵大師のために建立した寺です。門前に「極重悪人無他方便唯称弥陀とくせ生極楽」とあるように、念仏三昧の道場です。 恵心僧都は恵心院に篭り、仏道修行と多くの著述に専念され …』と。


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海軍通信学校慰霊碑

左より五十五期、五十八期、六十五期の戦死者の慰霊碑。塔の後ろの黒い石版には、びっしりと戦死者の名前が彫り込まれており、海軍戦死者が膨大だったことに思い至らされる。

12時、再び比叡山内シャトルバスに乗り延暦寺バスセンターに向かう。運賃660円… 高っ。1日券が有効なので払わずに済んだけどね。

延暦寺 : 東塔地域

バスを降りて、土産物屋の店内を通り、東塔地域の入場口を抜けると目の前に大講堂。西塔地域や横川地域に比べ、圧倒的に参拝客の数が多い。

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大講堂と鐘楼

Wikipediaによれば、大講堂は『寛永11年(1634年)の建築。もとは東麓・坂本の東照宮の讃仏堂であったものを1964年に移築』とされている。西塔地域の釈迦堂、横川地域の中堂と同じく、内部は仏様の他にお守りや朱印帳などの土産物を売る店もある。参拝客数に比例するのか、この東塔大講堂の店が最も大きく商品も多い。

傍らの鐘楼も、鐘を撞くための人が長い行列を作っている。 私は横川地域の鐘楼で“思いっきり”鐘を撞いてきたので、十分満足している。

大講堂から緩いスロープを降りて行くと、延暦寺全体の本堂である根本中堂が見えてくる


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根本中堂

延暦寺のホームページによれば 『現在の姿は徳川家光公の命で寛永19年(1642)に竣工したものです。ご本尊(阿弥陀如来)の前には、千二百年間灯り続けている「不滅の法灯」も安置されています』 とされている。堂内では定期的に僧侶による仏教の簡単な説法を織り交ぜた延暦寺の解説が無料で行われていた。

欧米の一部の秘境の教会(修道院)では、ガイドツアー形式でしか見学できないところもあるが、「勝手に見て回る」形式の日本で丁寧な解説が付く寺院も珍しい。ありがたいことだ。


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根本中堂から文殊楼へ続く石段

傾斜45度はあると思われる急な石段。登り切ると、上には文殊楼とういう楼閣があり、楼閣の上に登る人が行列を作っている。


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文殊楼と十三重石塔


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阿弥陀堂と満開の八重桜

延暦寺のホームページによれば 『昭和12年(1937)に建立された、壇信徒の先祖回向の道場』 とのことで、いわゆる“墓参りに来る場所”だ。奥の建物の前に「納経所」と書かれた立て看板があるが、お経を上げてもらう費用は「志(こころざし)」として明示されていないのは、ここでも同じなのだろうか… (以前、大谷本廟に祖父母のために一座経を上げてもらいに行った時に、受付でお値段を聞いたら、おこころざしと答えられて狼狽した覚えがある。 寿司屋で時価と言われるくらいの驚きだった)

延暦寺 東塔 〜 比叡山頂 〜 帰途

帰りは、観光の一般的なルート通り、延暦寺バスセンターからシャトルバスに乗り比叡山山頂へ。そこから叡山ロープウェイ叡山ケーブル叡山電車を乗り継いで、京阪出町柳駅まで一気に戻る。

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13時15分に延暦寺バスセンターを出発し、出町柳に到着したのが14時11分。14時16分の京阪特急に乗り京橋到着が15時05分。乗り継ぎが、全て小走りでぎりぎり間に合うベストタイミングであっても、だいたい2時間掛かるようだ。