20 June 2021

藤原京と大和三山

猛暑到来前の、最後の爽やかな晴天と思われるこの日、奈良の藤原京大和三山をめぐってきた。

今回のルートは、橿原市観光政策課のホームページ「名勝 大和三山コース」(全行程18km,4時間)と近鉄のてくてくマップ「大和三山回遊コース」(14km)をベースに歩くことにする。

スマホのルートナビ用にヤマレコで作成したルートは14km、コースタイムは4時間。GPSログログによる実際に歩いた距離は13.9km、所要時間は3時間46分。

ヤマレコの記事 『 大和三山と藤原宮(大和八木駅 〜 橿原神宮駅)

20210620-tracklog.jpg
20210621-tracklog.png

GPXファイルをダウンロードする

■ JR大阪環状線 福島駅 07:17発 → 鶴橋駅 07:37着 (運賃 180円)

今日のスタートはJR福島駅から、環状線の外回り列車にのり鶴橋へ。クロスシートの列車は、窓側の席に1名ずつ座る程度のスカスカ状態。すぐ前の席のオッサンが、通勤列車にも関わらずビールを飲んでいやがる。こういう常識ない奴が居るので、「飲酒が悪」という世論に傾くのも仕方ない。

■ 近鉄大阪線 鶴橋駅 07:55発 → 大和八木駅 08:27着 (運賃 570円)

20210620-kintetsu-yamatoyagi.jpg

私が乗った急行列車は、大和八木駅で数分間停車して、「特急ひのとり」に追い抜かれる。名古屋まで行くなら特急も価値あるのだろうが、時間的にほとんど短縮がない奈良では、特急料金620円払うのはどうなんだろう。

かっこいい電車に乗る料金というのなら、納得の価格かもしれないが...

大和八木駅から耳成山(みみなしやま)へ

大和八木駅から、近鉄の線路に沿ってまっすぐ東へ。

20210620-yagi-miminasi.jpg
大和八木駅から耳成山へ、まっすぐ東に向かう道

駅から歩くこと10分、1kmほど来た所で住宅地から水田に差し掛かる。目の前には耳成山の丘がこんもりと横たわっている。

20210620-miminasiyama.jpg
水田の向こうに見える耳成山

奈良盆地の平坦地域では6月上旬に田植えをしているはずなので、そのときの余り苗がそこら中の水田の脇に放置されている。半月で結構伸びてるね...。 この余り苗は、いざという時の補植用なので、しばらくはこのまま。

20210620-sutenae.jpg
水田の端に打ち捨てられている余り苗(捨て苗)

山の南麓、標高60mほどの地点にある耳成山公園から登山スタート。

20210620-miminasiyama-tozanguchi.jpg
耳成山公園の公衆トイレ前にある登山口

登山口を入ってすぐ、神社の鳥居がある急登の道と、山腹を螺旋状に巻いて緩やかに登る道が分岐している。ここでは登りは急登を、下りは緩やかな道を選択する。

20210620-miminasiyama-tozandou-01.jpg
耳成山の「耳無山 山口神社」の鳥居と急登の登山道入口

神社の山号「耳無山」とは、山が完全に円錐形で余計な突起がないことを「耳がない」と表記したからだとか。

この山は、堆積岩などで形成されている奈良盆地のなかに、ニョッキリと突き出した火成岩(流紋岩)。もともとは、もっと広い範囲に広がっていた山地が侵食され、小さな岩山だけが残ったものだそうだ。

20210620-miminasiyama-tozandou-02.jpg
耳成山の山口神社登山道

昨日の雨で滑りやすい参道を5分ほど登ると、標高120m地点にある山口神社の前に出る。

20210620-miminasiyama-jinjya.jpg
耳成山の山口神社は拝殿と本殿を備える本格的な神社だ

拝殿を通り抜け、本殿の左側を迂回して更に登ると山頂に出る。

20210620-miminasiyama-santyou.jpg
耳成山の山頂(標高139.3m)

山頂には三等三角点「耳成山 139.25m」と、明治天皇大演習御統監地碑がある。

山頂からは、天香久山がちょうど中央に見えるよう、幾本かの木が伐採されている。

20210620-miminasiyama-view.jpg
耳成山の山頂からの眺望(天香久山が中央に見える)

下山は、緩やかに山腹を巻く道を降りる。こちらの道では、次々と登ってくる地元のお年寄りとすれ違う。

20210620-miminasiyama-furuike.jpg
耳成山公園の古池と耳成山

古池畔には万葉歌碑がある。

耳成(みみなし)の 池し恨めし 吾妹子(わぎもこ)が 来つつ潜(かづ)かば 水は涸れなむ

20210620-miminasiyama-kahi.jpg
耳成山公園の古池畔にある万葉歌碑

耳成山から藤原宮跡へ

9時15分、大和八木駅を出発してから45分後、耳成山公園を出発し1.3km南にある藤原宮跡をめざす。

お薦めコースに従い、ほぼ真っすぐ南へ。JR桜井線を越えた所で「海犬養門(あめのいぬかいもん)」址がある。ここが藤原宮の北辺の壁にあたるところだ。

20210620-fujiwarakyu-amainukaimon.jpg
藤原宮の海犬養門址

少し行くと、広い草原が目の前に現れる。ここから先は藤原宮跡ですよという表示柱が建っている。この草原と醍醐池のあたりは、かつて大極殿の北に隣接した内裏(天皇のお住い)であったところだ。

20210620-fujiwarakyu-dairihokusei.jpg
海犬養門付近から見た藤原宮の内裏跡の草原

草原を突っ切って、藤原宮の大極殿跡(史跡公園)を目指す。

20210620-fujiwarakyu-dairikita-sougen.jpg
藤原宮の内裏北半分に広がる草原と、はるか向こうに見える耳成山

草原の南には醍醐池(ため池)があり、一段高くなった堤の北西角には四等三角点がある。この池も、かつての内裏跡に造られている。

20210620-fujiwarakyu-daigoike-suijyunten.jpg
醍醐池(ため池)北西角の堤には四等三角点「醍醐池 72.56m」と観音像

藤原京が廃棄されたのち、いつ頃このため池が造られたのか。盛り土の堤で池を造ったのなら、遺跡がまるごと水没しているので盗掘がなく、今でもいろんなものが埋まったまま残っているかもしれない。

20210620-fujiwarakyu-daigoike-namiki.jpg
醍醐池の堤上は桜と春紅葉の並木道になっている

藤原宮のど真ん中を横断する道路を横切り、駐車場を通りぬけて大極殿跡の広大な草原に出る。

大和八木駅を出てから、ちょうど1時間。3.8kmほど歩いてきた。

藤原宮跡の草原では、草野球をするチームや模型飛行機の飛行大会をする人など、まばらに入場客が居る程度だ。遺跡を見物しているような人は、ざっと見た限りでは見当たらない。

20210620-fujiwarakyu-daigokuden-01.jpg
藤原宮 大極殿跡(大極殿の建物跡の西端から南方向を眺める。すぐ向こうに見える赤い柱の建っているところが大極殿院南門跡。手前の大極殿説明看板の向こう側の山は天香久山)

大極殿の建物の基壇は、こんもりと盛り上がって木が生えているところで、柱が9間×4間(45m×20m)の規模の建物が建っていたそうだ。

20210620-fujiwarakyu-daigokuden-02.jpg
藤原宮 大極殿跡の建物が建っていた基壇(大宮土壇)

大極殿の建物から80mほど南に、大極殿院南門跡があり、朱塗り柱の下の部分が復元されている。南門は7間×2間(35m×10m)の大きさの建物だったそうな。

この門の南側は朝堂院だったところだ。いまは草原で、大極殿と区別は付かない。300mほど南には、朝堂院南門跡の朱塗りの復元された列柱が見える。

20210620-fujiwarakyu-daigokuden-03.jpg
藤原宮 大極殿跡の大極殿院南門跡(左奥の木々は大極殿の基壇部分)

昨日の雨で、一面水たまり状態になっている草原を歩く。南西方向には、橿原神宮のある畝傍山と、遥かその先には金剛山・大和葛城山が見えている。

20210620-fujiwarakyu-tyoudouin-01.jpg
藤原宮 朝堂院跡から畝傍山方向を眺める(中央左に、朝堂院西門の復元列柱が見えている)

ここまで南に向かって歩いてきたが、朝堂院の中央付近で東の天香久山方向へコースを変更。

藤原宮跡の広い草原にはフェンスも監視カメラもほとんど無く、「痴漢・誘拐」が頻発しているのだろうか。
古代と同じく、宮城は土塀で囲み、出入り口は門で固め、史跡公園の警備員に衛門府の衛士の格好をさせてとか...

20210620-fujiwarakyu-tyoudouin-02.jpg
藤原宮 朝堂院東門付近から北西方向、痴漢・誘拐に注意の看板あり

藤原宮跡から天香久山(あまのかぐやま)へ

藤原宮の朝堂院東門跡を出て東へ、150mほど歩くと高殿町の農村集落がある。この集落もまた、藤原宮の内部にある。東方官衙地区(朝堂院東側の官庁街)と呼ばれていた場所だ。

入り組んだ道をGoogleマップの徒歩ナビに従って通り抜ける途中、集落の中央部にお寺がある。掲示板に書かれた和歌は

梅雨空に ワクチン効果 得るまでは
  感染対策 暮らし安隠

20210620-fujiwarakyu-houonji.jpg
藤原宮跡の内側にある農村集落 高殿町の報恩寺

農村集落を抜けて、そのまま水田が広がる地域を真っすぐ東へ。旧五条大路にほぼ沿ったコースだ。

20210620-kaguyama-nw.jpg
北西方向から見た天香久山

天香久山は、のっぺりと広がった北の稜線から登っていく。農村集落の中を通る道が、次第に標高を上げていく。

20210620-tachiaoi.jpg
タチアオイ

集落の南端に天香山神社があり、ここが登山口だ。

20210620-kaguyama-jinjya.jpg
天香山神社(あまのかぐやま じんじゃ)

参道には万葉歌碑があり、柿本人麻呂歌集からの歌が刻されている。

ひさかたの 天の香具山 この夕べ
   霞たなびく 春立つらしも

20210620-kaguyama-manyoukahi.jpg
天香山神社の万葉歌碑


この歌よりも、百人一首に収められている持統天皇の歌のほうが有名だと思うが...

春過ぎて 夏来にけらし 白たへの
   衣干すてふ 天の香具山

登山口付近にある標識には、何やら変わった地名がズラッと並んでいる。不思議な名前の「月の誕生石」「蛇つなぎ石」って何なのでしょうか。

20210620-kaguyama-hyousiki.jpg
天香久山の登山口に建てられている標識

20210620-kaguyama-tozandou-n.jpg
天香久山の登山道は、あと少しで藪漕ぎ状況に

登山口の天香山神社から5分、標高差50mほどのぼったところが天香久山の山頂だ。

山頂には国常立神社(くにとこたち じんじゃ)の祠があり、山頂広場からは耳成山と畝傍山の方向の木々が伐採されて、若干の眺望がある。

20210620-kaguyama.jpg
天香久山の山頂(標高152m)

20210620-kaguyama-view.jpg
天香久山の山頂から南西方向、金剛山・大和葛城山・畝傍山が見える

天香久山から神武天皇陵へ

天香久山山頂を通り過ぎて、そのまま南へ降りる。こちらの道も、北からの登山道と同じく、一部分が藪漕ぎに近い状態。足元が見えにくい上に、丸太階段の一部がえぐれて穴になっているところがあり、気づかなかったら怪我するところだった。

20210620-kaguyama-tozandou-s.jpg
天香久山から南方向へ降りる登山道

20210620-dokudami.jpg
ドクダミ

20210620-tokiwatuyukusa.jpg
トキワツユクサ

藪漕ぎで、顔に蜘蛛の巣がべっとり就いて気持ち悪かったが、10分ほどで南浦町の集落に下山。こちらの登山口には、ソフトクリーム屋がある。その隣は、駐車場に車がぎっしりと停まっているランドセル屋。

駅からものすごく遠い農村に、車でやって来る人専用の妙な観光地があるものだ。

20210620-kaban.jpg
天香久山の南麓にあるランドセル屋

かつての七条大路に沿って、まっすぐ西へ向かう。500mほど歩いたところの県立庭球場に「紀寺跡」の看板が建っている。

かつてここに、朱雀大路を挟んで薬師寺と対称の位置に建っていた紀寺(きのでら)があったとのこと。

20210620-kidera.jpg
藤原京の紀寺跡

更に西へ。藤原京を斜めに横切る飛鳥川を渡る。平城京では河川改修して、川も条里に沿った南北方向に付け替えられているが、藤原京では改修が間に合わなかったのだろうか。

天香久山の登山口から1.6kmほど歩いた所に、薬師寺跡がある。平城京が造られて、薬師寺が移転したため、ここに残った寺は「本薬師寺」と呼ぶそうだ。

20210620-yakusiji-01.jpg
本薬師寺跡は、写真中央の住宅左側の木々が茂った場所にある

20210620-yakusiji-02.jpg
本薬師寺跡 (ここにある礎石は、金堂跡だそうだ)

天香久山の登山口からまっすぐ西へ2.1km、近鉄橿原線 畝傍御陵前駅北側の踏切を渡る。

20210620-unebigoryo-ekimae.jpg
近鉄畝傍御陵前駅より神武天皇陵へ向かう駅前通り

神武天皇陵は多くの観光客が来るところでは無いのか、駅前にはコンビニどころか店が一つもなく、単に静かな住宅街が広がっているだけだ。

その駅前通りをさらに西へ。畝傍山の山麓に突き当たるところまで来た。南北に走る国道があり、その西側に神武天皇陵や橿原神宮の広大な敷地がある。

20210620-jinmutennouryou-01.jpg
国道に面した神武天皇陵の参道入口

90度カーブした静寂な参道を歩いていくと、奥に天皇陵の鳥居。Wikipediaによれば、かつては小さな塚だったそうだが、明治時代の神格化で南北400m×東西500mの巨大な陵墓に改築されたそうな。

20210620-jinmutennouryou-02.jpg
神武天皇陵(畝傍山東北陵)

京都や奈良にある多くの天皇陵には、宮内庁職員が常駐している事務所は無いが、ここには立派な準和風建築の事務所があって、(照明がついているため)人が常駐しているようだ。

20210620-jinmutennouryou-03.jpg
宮内庁書陵部 畝傍陵墓監区事務所

神武天皇陵から畝傍山(うねびやま)を経て橿原神宮へ

神武天皇陵から国道を歩いて南へ。橿原神宮外苑の遊歩道に入ると、イトクの森古墳がある。小さな前方後円墳の墳丘の上に、池田神社の祠が建てられている。

20210620-itokunomorikofun.jpg
橿原神宮外苑にあるイトクの森古墳(右奥の白い壁に囲まれた池田神社が、墳丘の上に建てられている)

20210620-unebisan.jpg
イトクの森古墳横から見た畝傍山

この芝生の右奥に、畝傍山への登山道があるのだが、橿原神宮の参道にある「正式な」登山口の標識のところまで回り込む。

20210620-unebisan-tozanguchi.jpg
橿原神宮の参道にある畝傍山の登山口

登山口から山頂まで標高差は120mほど、のんびり歩いて20分弱掛かった。

20210620-unebisan-tozandou-01.jpg
畝傍山の登山口からすぐの場所の登山道

登山口から約10分、ちょうど中間地点あたりで、登山道が急登となだらかな折り返し道に別れる。登りは急登、下りはなだらかな道を選択する。

20210620-unebisan-tozandou-02.jpg
途中で分岐した、急登のほうの登山道

山頂には、現在は麓にある畝傍山口神社の社殿跡を示す石碑が建っている。

20210620-unebisan-santyou-01.jpg
畝傍山の山頂には、畝傍山口神社の社殿跡がある(中央の木の茂みに石碑がある)

20210620-unebisan-santyou-02.jpg
畝傍山の山頂には、竹垣で囲まれ清浄地とされる樫の木がある

20210620-unebisan-view.jpg
畝傍山の山頂からは西方向の金剛山・大和葛城山が一望できる

山頂には、ビニールシートを敷いて昼食を食べている高齢女性のグループや、何組かの中年夫婦が登ってきていて、今日登った大和三山ではいちばん賑やかな場所だった。

下山はなだらかな方の登山道を通る。こちらは途中で何箇所か眺望の良い場所を通過し、二上山なども見ることが出来る。

20210620-unebisan-tozandou-03.jpg
畝傍山から降りるなだらかな方の登山道

畝傍山から下山し、南麓にある橿原神宮(かしはらじんぐう)へ。緊急事態宣言中だからなのか、ほとんど参拝客の姿がない。

20210620-kasiharajingu-01.jpg
橿原神宮の外拝殿

20210620-kasiharajingu-02.jpg
橿原神宮 南神門

20210620-kasiharajingu-03.jpg
橿原神宮 ニの鳥居(高さ10.51mの巨大な鳥居)

最寄り駅の橿原神宮前駅へ、参道を通って向かう。通りには観光客の姿も、住民の姿も全く見かけない。まばらに来ていた神宮の参拝客も、殆どが自家用車で来た人たちなのだろう。

20210620-kasiharajingu-sandou.jpg

駅前で何か食べるものを... と探しす。Googleマップによれば、駅の東側にコンビニなどのお店が集まっているようだが、神宮側には何もない。残念ながら、今日は昼食抜きで帰宅。途中の天王寺は、コロナ感染の危険性が高くスルーだ。

■ 近鉄南大阪線 橿原神宮前駅 12:32発 → あべの橋駅 13:12着 (運賃 640円)

■ JR大阪環状線 天王寺駅 13:22発 → 福島駅 13:35着 (運賃 180円)