20 July 2015

野田恵美須神社、海老江八坂神社 夏祭の地車

野田恵美須神社の夏祭りが19日と20日、海老江八坂神社の夏祭りが17日と18日にあり、地車(だんじり)が練り歩いた。

海老江八坂神社 地車 7月18日

扇風機が壊れて、急遽、近所のヤマダ電機に買いに行く途中に遭遇。スマホのカメラで撮影。

20150718-ebieyasaka2.jpg

西町、東町、北町、南町 と、4台の地車が野田阪神のイオン前に集結して…

20150718-ebieyasaka1.jpg

道路の真ん中で、地車を斜めにしてこんな軽業をしています

野田恵美須神社 地車・鯛鉾 7月20日

鯛です。

20150720-nodaebisu-tai1.jpg
鯛鉾

20150720-nodaebisu-tai2.jpg
鯛鉾

鯛が練り歩くのは、珍しいと思います。見るだけで「めでたい…」かも

野田恵美須神社の公式ホームページには、

今の玉川連合の中で、もと亀甲町一丁目というところに居住していた有志の人々が、昭和四年に御大典を記念して寿寿芽講という団体を組織されました。そしてその事業として四神鯛鉾の製作が企てられ、昭和六年に完成したのが現在の鯛鉾であります。鯛鉾の四隅には、東西南北の神である青龍、白虎、朱雀、玄武を描いた旗すなわち四神旗が立ててあります。それで四神鯛鉾と称するのであります。
http://www.noda-ebisu.com/yuisho.htm


20150720-nodaebisu-danjiri1.jpg
地車

20150720-nodaebisu-danjiri2.jpg
地車

むかし野田村は、六つの町に分かれていまして、そのうち一町が太鼓を、一町が神輿を、そして他の四町が地車を持っていました。すなわち四台の地車があったのですが、老朽化したため大正の中ごろから廃絶していました。それを復活しようという気運が起こったのが、昭和六年で、このとき昔の四台のかわりに、一台の大きな地車を作ろうということになり、岸和田の専門家を招いて、一年がかりで作らせたのが今の地車です。
http://www.noda-ebisu.com/yuisho.htm

少子化で子供の数が少ないと一般的に言われているが、大阪市内でも有数のマンション建設激戦区なので、どんどん子供の数が増えているような印象が…。 地価も上がるし、子供も増えて、地車の曳き手も大勢居て当面は安泰か…