コメ高騰は止まるか 需給安定には収量増加を 日本国際学園大教授 荒幡克己氏(複眼) 2025/03/31 日本経済新聞 朝刊 7ページ 1397文字 PDF有 書誌情報  コメの価格高騰が止まらない。政府は備蓄米の放出により事態の沈静化をめざすが、効果があらわれるまでは時間がかかりそうだ。そもそも日本人の主食の需給はなぜ逼迫したのか。食の安全保障にとって必要な視点とは何か。生産や流通、政策の現場に詳しい専門家に聞いた。  「令和の米騒動」は、短期的には農林水産省が需給計画を意図的に締め過ぎたために起きた。過剰生産によるコメ価格の低下を懸念するあまり、国内のコメ供給は余裕がない状態だった。  猛暑による高温障害で品質の良いコメの収量が減ったことも影響している。コメの品種改良はかつて寒さへの対策が主だった。気候変動など想定外のリスクに対応できる政策設計が必要になる。  そもそもコメ政策を巡っては、政府は2018年に減反(生産調整)政策を廃止した。以降、都道府県への生産数量目標の配分をやめた。いまは各産地が需要に応じて自主的に生産する仕組みをとっているとされるが、事実上の生産調整は続いている。  コメ余りによる値下がりを懸念する各産地は、農家ごとに上限目標(目安)を設定している。目安に強制力はないものの、減反時代の慣習を引き継ぐ農家の多くはその数字に従った生産を続けている。このような状況でタイトな需給計画を立てれば供給不足に陥ることは避けられない。  だからといって生産調整を急に緩めると、過剰供給になりかねない。今後も農家の担い手の減少に伴い、生産余力は低下していく。今後5年間をめどに徐々に生産調整を緩め、自由にコメをつくれる環境を整えるべきだ。  生産調整の廃止後にどうやって需給のバランスを保っていくか。国内のコメ消費は人口減少によって毎年10万トン規模で減るとされる。国内市場が縮小する中、コメ輸出の振興は農家の新たな収入源につながることが期待できる。一方、国内産が海外産に対抗するには今よりも価格競争力を高めなければならない。  国内の需給バランスを保ちながら輸出力を高める対策として、面積当たり収量(単位収量)を伸ばしてコストを下げることが必要だ。日本は1969年ごろは世界第3位の単位収量を誇ったが、いまは米国や中国に抜かれて16位まで低迷している。  消費者が単位収量の低い良質米を志向し、農家も収入を最大化するため高価格の良質米を生産してきた結果だ。  今後は、各地の気候に合った単位収量の高い品種の生産を奨励し、収量の増加を図っていくべきだ。  コメ生産を基幹としながら、需要を超えて余った水田は麦や大豆の生産に振り向ければ、食料安全保障の確保にもつながる。米トランプ政権内には日本のコメの高関税を問題視する声もあるが、食料安保の観点から理解を求めていくしかない。  農水省は政府備蓄米の2回目の入札を行ったが、品薄感からコメ価格の高騰は続いている。新潟産コシヒカリや秋田産あきたこまちの卸間取引価格は前年比3倍弱となっており、備蓄米放出による価格への影響はわからない。  今夏、新米が出回る前の端境期には品薄も予想される。備蓄米は小出しにするのではなく、まとめて市場へ放出すべきだ。コメ価格が下がりすぎた場合は買い戻すことも視野に、スーパーの棚からコメがなくならないよう備えることが求められる。 (聞き手は玉田響子) 【図・写真】あらはた・かつみ 78年東大農卒、農林省(現農林水産省)に入省。岐阜大教授などを経て現職。東大博士(農学)。専門は農業経済学