今と未来の年金改革 氷河期世代を放置するな 慶応大学教授 駒村康平氏(複眼) 2025/02/17 日本経済新聞 朝刊 7ページ 1425文字 PDF有 書誌情報  年金改革の議論が大詰めを迎えている。政府は厚生年金を活用して基礎年金を底上げする法案の提出を目指しているが、与党内にも反発の声が大きい。年金制度は主婦らが対象の第3号被保険者制度など課題ずくめだ。現在だけでなく遠い将来を見据えた改革が求められている。  年金制度のあり方は社会のトレンドや時代の効果を踏まえて考えるべきだ。労働力率の伸びや女性の社会進出、寿命の改善といったトレンドを読む必要がある。同時に30年間のデフレの影響も全世代で吸収しなければならない。  団塊ジュニア世代は就職の大事な時期に景気循環の大きなインパクトを受け、キャリアの過半の期間で賃金が停滞した。最近は人手不足もあって正社員化が進んだが、年金の支給額はキャリアの積分で決まるので、このままだと多くの人が低年金になる。その世代が65歳に突入する2040年に向けて年金制度は何もしなくてよいのだろうか。  厚生年金の積立金を使って基礎年金を底上げする案は、就職氷河期世代に生じるひずみを穴埋めする手段だ。バブル世代から氷河期手前の世代の厚生年金のマクロ経済スライドの調整を長引かせ、それによって出たお金で基礎年金の調整を40年までに終了させる。賦課方式の年金制度には社会政策の色彩もあるのだから、世代間のリスク分散をやらなければならない。  複雑な仕組みなので誤解されやすいのは確かだ。例えば「サラリーマンの積立金を流用して自営業者らを助けるのか」といった批判がある。  この案は全国民に共通する1階部分の給付水準がマクロ経済スライドの長期化で下がりすぎるのを止めるのが目的だ。積立金は国庫負担の投入を増やして1階部分を膨らませるための呼び水である。例えると厚生年金の「上半身」の筋肉がつきすぎているので「下半身」の筋肉に回しましょうという話。同じ年金の1階部分のウエートを上げるので流用にはあたらない。  国民年金の財政が厳しくなったのは、未納が増えたとか国民年金の加入者に問題があったからではない。2004年に現行制度を導入した際の仕組みに問題があった。  厚生年金は賃金が下がると将来の年金給付も下がるので賃金デフレに対して財政はニュートラルだが、国民年金は最近までそういう調整ができていなかった。そして、国民年金がデフレに対して脆弱だということを想定しない調整方式を基礎年金に導入し、放置していた。厚生年金の財政がいま好調なのは、間違った財政フレームによる反射利益を得ているからだ。  いまの政府案は基礎年金の調整を前倒しする改革を法制化する一方で、実際に発動するかどうかは5年後に経済情勢をみて判断することになっている。スイッチはつけるけど、それを押すかどうかは様子を見ますという形だ。  政治的な理由でやるべきときにやらない。甘い推計でやるべきことを先延ばしする。これが年金にとって一番まずい危機だ。経済が数年間よい方向に振れたとしても、100年の見通しの中ではたいしたインパクトはない。すみやかにスイッチを押すべきだ。  このままだと、基礎年金の水準は将来3割低下する。生活保護の水準はそこまで落ちないので基礎年金との逆転が広がり、かなりの人が生活保護の対象になるだろう。それでよいのだろうか。政治が近視眼的になってはよくない。 (聞き手は柳瀬和央) 【図・写真】こまむら・こうへい 社会保障審議会年金部会の委員として制度改正を議論。社会保障と税の一体改革を受けた国民会議の委員も務めた