賃上げの不都合な真実(1) ユニクロ、カプコン…相次ぐ初任給大幅アップで先輩社員の給与はどうなる?氷河期世代の甘い期待はほぼ裏切られる  2025年春入社の新卒初任給を大幅にアップする動きが広がっている。大詰めを迎えている春闘でも、連合(日本労働組合総連合会)が「5%以上」の賃上げを要求する方針を掲げ、6日に公表した賃上げ要求の平均は6.09%と32年ぶりに6%を超えた。高まる「賃上げ」ムードに多くの読者が給料アップに期待を膨らませているかもしれない。だが、現実はそう甘くはない。特に就職氷河期世代をはじめとする中高年社員には厳しい状況が待ち受けている。その理由を2回に分けて解説する。  (藤井 薫:パーソル総合研究所 上席主任研究員) ■ 初任給30万円超え続々  2025年度の新卒初任給引き上げのニュースが目立つ。ユニクロなどを展開するファーストリテイリングは3万円引き上げて33万円に、年収も約10%増の500万円強になる見込みだ。他にもさまざまな業界の大手企業がこぞって初任給の引き上げを発表している。  また、労働力不足、物価高への配慮、底堅い企業業績を背景に、2025年春闘でも、連合(日本労働組合総連合会)は「5%以上」の賃上げ要求方針を掲げており、5%近い水準で決着するとの予測も出ている。  これらのニュースに触れて、「新入社員だけでなく、自分たちも大きく給与が上がるはず」と期待している人が多いのではないだろうか。  例えば、ゲームソフト大手のカプコンは初任給を6万5000円引き上げて30万円にするとともに、正社員の平均年収を2019年度の599万8000円から2023年度の832万8000円へと、38.8%引き上げている。年代別の平均給与を見ても、20代だけでなく各年代とも4年間で30%以上、上がっている(図表1)。  カプコンのように、初任給だけでなく各年代の給与水準が上がれば素晴しい。  しかし、実際には初任給が大幅に上がって春闘が5%で妥結したとしても、中堅社員、中高齢社員や管理職の給与がそれらの数字からイメージされるほど上がる企業は、それほど多くないかもしれない。  まず、初任給の引き上げと既存社員の給与の関係から見ていこう。    ■ 初任給アップでも先輩社員はさほど上がらない  例えば初任給が3万円上がったからといって、既存社員の給与も3万円ずつ上がるのかというと、ほとんどの場合はそうではない。  では、まったく上がらないのかというと、そんなこともない。  「初任給だけが上がって、先輩社員の給与を追い越してしまうのでは・・・」という声も聞こえてくるが、入社2年目、3年目の給与が初任給を下回ってしまうようでは、先輩社員たちのモチベーションダウンは避けられず、大量離職に繋がるリスクもある。  では、どうなるのか。  先輩たちの給与も上がるが、初任給ほどの上げ幅ではないというのがその答えだ。初任給が3万円アップなら、2年目は2万5000円アップ、3年目は2万円アップというように上げ幅を逓減させながら、給与が逆転しない程度に調整する企業が多いと思われる。  初任給のアップ額が3万円であれば、20代の半ば過ぎくらいまでの社員はそれに伴う給与調整がありそうだが、それより上の世代、特に40代から50代半ばの就職氷河期世代には何ら恩恵がないかもしれない。  図に示すと次のようになる(次ページの図表2)。 ■ 初任給の大幅アップには副作用も  ■図表2 ありがちな初任給調整    新卒採用対策だけを考えて初任給を引き上げる企業は、いくつかの副作用を覚悟する必要がありそうだ。若手の先輩社員たちからすると、逆転しないとはいえ給与差が縮まるので、それまでの自分たちの経験の価値が下がったと感じても不思議ではない。給与調整がなかった先輩社員たちは、そもそも蚊帳の外だ。  そして、高い初任給で入社した新卒社員たちも、その後の昇給はどうかというと、初任給調整によってこれまでよりも昇給額が小さくなっているので、2年目、3年目になっても給与があまり上がらない。  要するに、初任給の引き上げは、どの層にとっても新たな不満のタネになりかねない。初任給を上げるのであれば、単なる初任給調整ではなく、併せて既存社員全体の給与水準を見直す必要がある。  キャリア採用が当たり前になっている昨今だが、相変わらず大企業の「新卒採用至上主義」は揺るがないように見える。もちろん、学生も初任給だけで企業選びをするほど単純ではないだろう。初任給の引き上げが、即、企業の新卒採用の優位性を築く決定打になるわけではなく、その初任給で入社した後どうなるのかが問われるはずだ。  次に、春の「賃上げ」と初任給アップとの関係を見てみよう。 藤井 薫 https://news.yahoo.co.jp/articles/7b1d0a2e2ce597edfcb15d03ef6c4d3fac1ab890?source=rss https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/87029 ================================================ 賃上げの不都合な真実(2) 春闘大詰め!「賃上げ5%」でも喜べない、氷河期世代が割を食うカラクリ…労組弱体化で配分が若手に偏る厳しい現実 2025.3.8(土)  2025年春入社の新卒初任給を大幅にアップする動きが広がっている。大詰めを迎えている春闘でも、連合(日本労働組合総連合会)が「5%以上」の賃上げを要求する方針を掲げ、6日に公表した賃上げ要求の平均は6.09%と32年ぶりに6%を超えた。高まる「賃上げ」ムードに多くの読者が給料アップに期待を膨らませているかもしれない。だが、現実はそう甘くはない。特に就職氷河期世代をはじめとする中高年社員には厳しい状況が待ち受けている。その理由を2回に分けて解説する。 (藤井 薫:パーソル総合研究所 上席主任研究員) ■ そもそも「賃上げ」とは何か  賃上げは、その中身を定期昇給(定昇)とベースアップ(ベア)に分けて考える必要がある。  定昇は、例えば「2等級で人事評価がBであれば5000円昇給」というように、給与制度によって昇給額が定められている。その意味で定昇は「制度昇給」であり、労使交渉で決まるわけではない。     一方、ベアは労働組合があれば、労使交渉によって決まる。ただし、ベアそのものを交渉するわけではなく、賃上げから定昇を差し引いた残りがベアの原資になる。 「労使交渉で決まった賃上げ原資5%-制度昇給2%=ベア原資3%」というわけだ。制度昇給分だけしか賃上げ原資がなければ、ベアはゼロになる。  ここで気になるのが、初任給引き上げとその調整のための原資がベアに含まれるのかどうかだ。  理論上は、初任給の引き上げはベースアップ以外の何物でもない。とすると、初任給調整の対象になる社員数次第ではあるが、ベア原資のうちの相当な割合が初任給調整に費やされて、他の社員に回らないということも考えられる。  初任給調整原資をベア原資に含めるか外数にするかは、各社の判断になるので一概には言えないものの、あり得ない話ではない。  ここでもう一つ、基本的な話をしておこう。   ■ 若手に配分が偏る理由 「賃上げ5%」というのは「原資」の話だ。制度昇給分2%を差し引いたベア原資が3%だからといって、各社員の給与が3%ずつ上がるというわけではない。その原資を誰にどう配るかという「配分」によって、実際の各人のベアは異なってくる。  全員一律3%という「定率配分」を行えば、給与50万円の中高年社員には1万5000円、30万円の若手社員には9000円のベアになる。  新卒採用を意識した初任給引き上げに限らず、日本企業はかねてから年功賃金の是正のために若手重視の賃上げ配分を行なってきた。中高年に厚い定率配分を行う企業はほとんどないといってよいだろう。  逆に、平均賃金40万円の企業であれば、全員一律1万2000円の「定額配分」という方法もある。この場合、率に直すと50万円の中高年社員は2%、30万円の若手社員には4%のベアになる。     実際には、「定率1.5%+定額6000円」、「役割等級別に定額配分」など、さまざまなやり方があるが、全員一律定額配分でない限りは、程度の差こそあれ、若手中心のベア配分になることに変わりはない。初任給引き上げの調整分がベア原資に含まれる場合はなおさらだ。  労働組合があれば、賃上げの「原資交渉」に引き継いて「配分交渉」を行う。そこで労組が中高年社員の立場も考慮して交渉するということになるが、労組がない場合は、賃上げ原資も配分も経営陣の考え方に委ねられる。そのため、労組がない企業では、より若手社員重視の配分になる可能性が高くなりそうだ。   中高年社員の処遇改善が後手に回っている  労組の推定組織率は年々低下傾向にあり、厚生労働省の2024年の調査では16.1%だ。中高年社員の代弁者は少なくなってきている。  中高年社員と言えば、40代から50代半ばの社員は、ある面(非正規ではなく正社員になれているという意味で)、就職氷河期世代の勝ち組だ。だが、ベア配分においても厳しい環境に置かれていることに変わりはない。新卒採用至上主義による初任給アップの流れの中で、この世代の処遇改善が後手に回る可能性は大きい。  経営陣からすると、新卒採用強化よりも優先順位が低い課題と見なされがちなためだ。  しかし本来、就職氷河期世代に限らず、既存社員の給与のあり方は、初任給よりもはるかに重要な課題であるはずだ。  給与には決定論と水準論がある。給与の決め方と同じように、いくら支払うのかという給与水準は極めて重要なイシューだ。経営陣は、初任給の引き上げを単に新卒採用の施策と位置付けるのではなく、企業全体の人材ポリシーの見直しに繋げる重要な転換点として捉える必要がある。 https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/87030