賃金が上がるのになぜ日本経済は“ゼロ成長”?「価格転嫁」を奨励する大間違い ● 2024年の実質成長率はほぼゼロ成長 実質家計消費は▲0.2%、成長を下押し  2月17日に発表されたGDP統計で、2024年の実質GDP成長率は0.1%とほぼゼロ成長になり、23年の1.5%から大幅に低下した。 【この記事の画像を見る】  賃上げが続くという望ましい変化が進行しているにもかかわらず、経済成長率が低下するのはなぜか? ここから脱却するにはどうしたら良いのか? これらの問題を真剣に考える必要がある。  実質GDP成長率が低下した大きな原因は、実質家計消費の減少だ。  実質家計消費はコロナ期に落ち込んだ後、22年までは回復したのだが、23年には伸び率が低下し、24年にはマイナス0.2%となった。住宅投資の落ち込みとともに、消費の落ち込みが成長を下押しした。  なお、2月7日に発表された家計調査(総務省)によると、24年の2人以上の世帯の消費額は、1世帯当たり月間平均30万243円で、実質は対前年比1.1%の減少だった。対前年比減少は2年連続だ。  また、2月17日に発表された24年通年の鉱工業生産指数は、前年比でマイナス2.3%と、3年連続で減少している。 ● 国民は物価上昇に拒否反応 日銀の物価目標政策は間違い  なぜ消費が減ったのか? 表面的には原因は明らかだ。物価が上昇したからだ。  賃金は上昇したのだが、物価上昇率が名目賃金上昇率を上回ったため、実質賃金の上昇率がマイナスになった。このため家計が消費を控えたのだ。  つまり、国民は物価の上昇に対して拒否反応を起こしているのだ。決して物価上昇を受け入れているわけではない。  これは次の二つのことを意味する。  第一に日本銀行は、異次元金融緩和で物価の引き上げを目標としたが、この目標設定は間違いだった。物価が上がれば、経済活動が活性化するのではなく、家計が消費を控えて、経済成長率は低下するのだ。つまり、経済はスタグフレーションに落ち込む。それがいま日本で起きていることだ。  この事実は、経済政策の基本に反映されなければならない。つまり経済成長のためには、物価上昇率を上げるのではなく、下げることが必要だ。 ● GDPデフレーター、23年から異常な上昇 価格転嫁による物価上昇が浮き彫り  こうしたことは、データを見れば明らかだ。しかし、物価上昇はいつどうなれば収まるのかという、これから後の問題は自明ではなく、かなり難しい。  22年から23年にかけては、輸入物価の上昇によって消費者物価が上がった。これが、従来の日本の物価変動のメカニズムだった。  しかし、24年以降は、輸入物価は概して下落している。したがって、従来のパターンが続けば、消費者物価は下落してしかるべきだ。それにもかかわらず、消費者物価は上昇を続けている。  その原因を探る一つの方法は、GDPデフレーターの動きを見ることだ。  GDPデフレーターの計算では輸入は控除項目になる。したがって、輸入物価が上昇すれば、GDPデフレーターは下落する。  輸入物価の上昇は企業の原材料費を上昇させるが、それは製品価格に転嫁される場合が多い。転嫁が取引の各段階で行われ、家計消費支出などの最終生産物にまで完全に転嫁されれば、国内物価の上昇と輸入物価の上昇が釣り合って、GDPデフレーターの伸び率はゼロになる。  これが、これまでの日本の標準的パターンだった。このため、GDPデフレーターの伸び率はほとんどゼロだった。  ところが、最近のデータを見ると、図表1に示すとおり、それまではほぼ101で変化がなかったGDPデフレーターが、23年から異常な上昇を示している。  GDPデフレーターが上昇したのは、国内要因によって物価が上昇したことを示している。  国内要因は、賃金引き上げである可能性が高い。そして、企業がこれを売上価格に転嫁したからだ。それが家計消費など最終財の価格にまで転嫁されて、物価が上昇したのだ。    ● 転嫁では実質賃金の伸びをプラスにできず 価格転嫁を奨励する考えから脱却を  こうした解釈が正しいとすれば、実質賃金の上昇率はいつになってもプラスにならないことになる。  24年の実質賃金の上昇率は、2月5日に発表された毎月勤労統計調査によると、対前年比がマイナスになった。  賃上げが労働生産性の上昇や企業利益の圧縮によるのではなく、転嫁によって実現しているためにこのようなことになる。したがって現在の状況が続く限り、今後も実質賃金の伸び率が継続的にプラスになることは望めない。  石破政権は、実質賃金の引き上げを政策目標としている。しかし、賃上げが価格転嫁によって実現される限り、それは難しいと考えざるを得ない。  では、この状態から脱却するにはどうしたら良いだろうか?  まず重要なのは、企業経営者や労働組合、そして政府が上述のメカニズムを理解することだ。  企業経営者から見て重要なのは、賃上げを販売価格に転嫁すれば物価が上がり、結局のところ、売り上げが減ることになる。だからマイナス成長を避けるために、賃上げを転嫁せず、生産性の上昇に努めるべきだ。それが難しければ、利益を圧縮することによって賃上げを行うべきだ。  労働組合の立場から言えば、企業の経営者に対して上記のことを要求すべきだ。「賃上げが実現すればそれで良い」というわけにはいかないことを理解すべきだ。  政府は、もともと物価上昇が望ましくないとして物価対策を行っている。現在の状況では、物価鎮静化という目的は達成できないことを理解すべきだ。そしてそのために、企業に対して生産性の引き上げを求めるべきだ。少なくとも、価格転嫁を奨励するという現在の考えからは脱却する必要がある。  そして日銀は、利上げを急ぐ必要がある。また利上げを進める基準として挙げている2%の物価目標に向けた安定的な物価の上昇という条件を外すべきだ。  消費者物価上昇率は2%を超えているのだから、名目政策金利は2%を超えた水準でなければならない。現在の0.5%という水準は低すぎる。  (一橋大学名誉教授 野口悠紀雄) https://news.yahoo.co.jp/articles/c615ae515d888b03eae4b829d45c42b0fe367b6e