9月21日(木曜日)
最悪のプライベートルーム(糞アパートの部屋)での夜が過ぎて、朝が来た。
今日も快晴。朝はやはり15度以下になっているらしく、それなりに寒い。
8時30分、貸し部屋の糞オヤジに今日の部屋代120Zl(4800円)を払って
さっさと外へ出る。
とりあえず、市街地の中心部にあるマクドナルドで朝食。
頼むメニューを間違えたらしく、「ハッピーセット」になっていた。
マクドナルドで「おもちゃ」付きのセットを頼んだのは初めてだ…
9.5Zl(380円)
今日のテーマは 「映画 The Pianist に描かれたゲットーを見て回る」
ということにした。
昨日、ツーリストインフォメーションでワルシャワ・ゲットーの案内パンフレット
をもらっておいたので、現在の市街地のどこが旧ゲットーだったのかというのが
はっきりと地図上に示されている。
Lonely Planet にも 地球の歩き方 にも、ゲットー記念碑くらいしか書かれていない
ので、現地を見て回るのには不向きだ。
昨日、ツーリストインフォで「The Pianistで描かれていた○○のような場所が
現在の地図上でどこなのかわかるか?」と聞いたところ、待ってましたとばかり
奥のほうから専用パンフレットを取り出してきた。
で、そのパンフレットに示されたところを見て回ることとする。
泊まっている糞アパートは、ワルシャワ・セントラーナ駅のすぐ南東側なのだが、
現在のワルシャワ駅(と地下の国鉄の線路)に沿ってゲットーの南端の壁があった
そうだ。
セントラーナ駅のすぐ北側にある、スターリン様式の巨大な文化宮殿ビルはゲットー
の中だということだ。
文化宮殿、欧米のチェーンホテルの巨大なビル、ガラス張りのオフィスビル、公園
などになっていて、昔ここにアパートなどの6階建てくらいの建物が密集していた
とは思えないくらいすっきりしている。
これぞ、共産主義の強制土地収用によるものなのだろう。
文化宮殿のすぐ北側に、昨日夕飯を食べたベトナム人がやっている中華屋などが
あつまった人民食堂地区がある。ちょうどその西側あたりのビルの谷間にシナゴーグ
がある。シナゴーグの横にはユダヤ人のやっている食料品店(看板にダビデの星が
かいてある)もある。
その一角だけ雰囲気あるね。
そこから少しいったところに、昔のアパート2棟が向い合って建っているところがある。
周囲の共産主義高層アパートと比べて、明らかにボロボロ。
1階部分の商店は、シャッターではなく横引き式の金網ドア(確かに、映画でもそんな
感じだった)が閉められたまま放置されているようだ。
無人か?
さらに西へ。昔のゲットーを取り囲む壁がここにだけ残っているということで
見に行ってみる。間違って違うアパートの中庭に入り込んだが、ちゃんと当時の赤レンガ
壁が、現在も共産主義アパートの間の仕切りとして利用されている。
単なる赤レンガ壁かよ…
爆撃の火で焼かれた跡とか、銃撃の痕跡とかないのかよ。
私の家の横の、堂島川に架かる堂島大橋でさえ、大阪大空襲で焼け焦げた痕や、米軍銃撃
で欠けた石の欄干などが今でも残っているというのに…
で、パンフレットの住所とおりの所へいってみる。そちらもアパートの中庭で、入り口の
鉄格子を開けて中に入らないといけない。おもてに表示板とかなにもないから、ここに
壁の残骸があると知らないと、絶対にいかないところだ。
アメリカ政府が「これがゲットーの壁だ」と宣言した金色のプレートがはめ込まれている。
アメリカ政府といえば、やはりユダヤ人勢力に支配されているのだろうか…
なんでこんなところにアメリカ政府がプレートを張る必要性がある?
さらに北へ。巨大なゲットーの地域の真ん中にキリスト教会が2軒ある。
その2軒を外部のキリスト教地区とつなぐため、ゲットーがここで大きくくびれて
(とぎれて)いる。
映画The Pianist では、ゲットーのど真ん中に壁で仕切られたトラムの走る道(外界)
があり、ゲットーの住人は遮断機で通行を制限されていた、あのばしょである。
後にユダヤ人が脱走しないように歩道橋で完全に外界と分離されたところである。
トラムの線路がある。現在はトラムは走っていない。東側の教会のすぐ横で
レストランか何かで線路が途切れている。途切れた向こうは、巨大な市場。(市場の
建物の雰囲気からして、昔も市場だったのだろう)
市場を通り抜けて、市街地を南北に横切る巨大な道路(トラムと地下鉄の道)へ出る。
そこから1kmくらい北上。
ゲットー記念碑がある。歩き方やロンプラには、この記念碑のことは書かれている。
コンベンションに出席したついでに、ガイドに連れてきてもらったのであろう中国人
数人が白いバンから降りてきて、記念写真を撮っていた。
ゲットー記念碑と自分を収めて記念写真を撮るとは、どういう神経の持ち主なのだろうか。
記念碑公園の工事現場に「現場トイレ」があったのでちょっと拝借。
日本と同じ雰囲気ね。現場仮設トイレ。それもレンタル費用が一番安いやつ。
きょうび、公共工事の代名詞は、「仮設費・現場経費にも金をちゃんとかける」
これが常識。とくにゼネコンの現場トイレは「なぜか水洗」というのが日本の常識だったり
する。
そういう「糞技術支援、ODA」は無いんだろうね (笑
さらに数ブロック北上。共産主義アパート郡の中に、ブンカーと呼ばれる古墳みたいなのがある。
ゲットー蜂起のときの記念碑 兼 墓場だそうだ。
確か、映画の中では主人公のピアニストが隠れていたアパートのすぐ近くのアパートで
蜂起があって、ドイツ警察と戦っていたっけ。
主人公の隠れていたアパートのすぐ前は病院で、というせっていだったような。
ブンカーのすぐ裏手は、現在でも病院。この場所だという設定で小説を書いたのかな。
それとも、実話だったのか?
さらにすうブロック北上したところがゲットーの北端。北端のすぐ外に、ユダヤ人を
貨物列車に乗せてトレブリンカ収容所へ運ぶための積み出し基地の跡地記念碑がある。
現在ではトラムが走っているだけの道路だが、1ブロック北側には国鉄の線路があり、当時
はここまで引込み線が走っていたのだろう。
ということで、ゲットーを訪ねるたびは終了。11時30分。
さらに北東へ行くと、シタデル(とりで)がある。
まず、観光客は来ないという前提のところらしく、ガイドブックにも大して書かれて
いないし、現地にも案内板など無い。
シタデルはロシア軍が設営したワルシャワ攻略のためのとりでということで、現在は
ポーランド共和国軍が駐屯地として使っている。
軍事施設 近寄るな の看板がシタデルの赤いレンガ壁のところどころに張られている。
シタデルの一部分だけ、開放されているところがあり、第10政治犯収容所 記念館
として公開されている。
ソ連の支配下で、反体制政治犯が収容されていたそうだ。現在は、森の中の灰色の
建物だが…
昼。文化宮殿北東側の人民食堂地区へ。昨日とは違う人民食堂へ。メニューはほとんど
同じだったけど…
中華飯屋、ケバブ飯屋、セックスショップしかない雰囲気だが、どうしてこういう地区が
ここに取り残されているのか…。
周囲は再開発された巨大なガラス張りのビルや、有名ブランドの店が入ったショッピングモール
なのに。
昼からは、市街地の東部にあるポーランド軍博物館へ。
西暦1500年くらいから第二次大戦までの装備などが屋外と屋内に展示されている。
屋内は制服や銃剣類、屋外は航空機や車両類。
一応T-55戦車とかも展示されているが、コテコテに塗装塗られて現役では使えそうに無い
雰囲気。
戦争強そうに無い国に限って、戦争博物館があったりするけど、飾るものに限界を感じる。
以前訪れたカイロの軍事博物館よりは遥かにマシなレベルだったけど。
今夜も糞アパートに宿泊して、明日の夜行でプラハに行く予定。